(その他の症例:18)やっかいな好酸球性皮膚炎

■ワンちゃん:初診時13歳1か月 オス
■病歴:1歳位から外耳炎や膿皮症を繰り返していた。
10歳位から悪化が著しくなった。手・お腹・耳と皮膚炎やフケが発生し、安眠はできるが起きている時は四六時中痒い状態だそうです。現在2つの病院を掛け持ちしていて、片方では「抗菌薬と胃薬のみ」片方では「抗菌薬・ステロイド・外用ステロイド・抗真菌薬」と割と協力に治療をして頂いているが治らないとの事で来院されました。

来院時の外貌は普通のアトピーよりも「フケが多いな・・・」という印象です。高齢で悪化していると「皮膚リンパ腫」はどうしても気になるので事前に皮膚生検のお話はお伝えいたしました。あんまり気が滅入る話はしたくは無いですが、一般論として必要です。更に元々の性格なのかは難しい所ですが、徐脈でした。そうなると甲状腺の検査もお薦めしたい所です。


でも鼻の先は脱毛は無いですね・・・この場所は尾と共に甲状腺機能低下症で脱毛と色素沈着の起きやすい部位です(もちろん他の病気でも起こります)。


右後肢です。一番気にされているのは足先ですが、少しアトピーで出る典型的な部位や症状とは異なってそうです。



下腹部もフケが多いですが、恐らくは膿皮症からと思われる色素沈着があります。皮膚リンパ腫ではむしろ色素沈着は起こりませんので、この点はどちらかと言うと良い点です。 とにかく全身的に「角化異常」が強いです。この子の場合は乾性脂漏症です。1~1.5歳と若い場合は原発性(遺伝性本態性)脂漏症が多いですが、この子の場合は続発性でしょう。

続発性の原因としては「炎症」「内分泌異常(甲状腺機能低下症も含む)」「栄養学的要因」「環境」そして「アトピー」も有り得ます。

検査結果としてはやっぱり甲状腺のホルモンの値は非常に低かったですが、同時に上昇すると診断的なTSH(甲状腺刺激ホルモン)は正常でした。つまり下垂体性の二次性甲状腺機能低下症(確率は低い)の他に「ニセの甲状腺機能低下症(ユーサイロイドシンドローム)」の可能性があります。こういう場合に「低いんだから甲状腺ホルモンを足せば良いじゃん!」という考えと「他の病気をトコトン探して、確実に甲状腺機能低下症な場合にだけ甲状腺ホルモンを投与しましょう。」という考えと2つあります。本来は後者ですので、今回はまずはスキンケアと栄養的な改善でどこまで改善するか?を確認してみます。

ただ・・・結果としては早くに甲状腺のホルモンを投与した方が改善が早かったと思います・・・。甲状腺のホルモンが足りないと表皮角化細胞の脂質合成異常や脂腺の萎縮等も引き起こしますので、なかなか成果が出難い事があり、今回の様に複合要因がある子だと特にそうだな、と改めて思いました。

非常に大切にケアされる方なので内から外からしっかりして頂き、アトピーの治療も強化しましたが2か月で治りきらない為にやっぱり甲状腺のホルモンが足りない事を再度確認して(今度は違うタイプの甲状腺ホルモンも確認)2か月目にして甲状腺ホルモンの投与を開始しました。

さて、これで治るでしょう!!と思ったら何と悪化しました。ムチャクチャ痒くなって、膿皮症も悪化です。甲状腺のホルモンを投与した後は敏感になる為か痒みが逆に痒みが増す事はあるのですが、膿皮症に関しては完全に謎です。しかも自己免疫性疾患(天疱瘡)で発生する様な巨大な膿胞ができたり不穏な状況です。正直言って不安になったので、ずっと話だけだった皮膚生検を強くお勧めしました。さすがに状態も悪いので快諾して頂き無事に行えました。結果として怖い病気では無かったのですが、これが後の治療に非常に役立ちました。


口唇の下側の段差の所です。構造上よく感染症が発生します。もちろん口腔内の異常やマラセチア(カビ)で無い事も確認します。


悪かった背中も更に悪化・・・。


表皮小環なども多発です。両方有ってフケなのかカサブタなのか・・・という状態です。


左の鼠径部です。股も悪化です。


胸です。全身悪化です・・・。色素沈着しているのは皮膚リンパ腫っぽくなくて少し安心です。

もちろん皮膚の菌の培養検査も行いましたが、特に耐性菌でもなく「元々使っていた抗菌薬も有効」でした。益々急な悪化が謎ですが、可能性として薬疹も考えて抗菌薬は他の有効な薬に変えました。そして皮膚生検の結果は「多発性膿疱性化膿性好酸球性皮膚炎」でした。皮膚リンパ腫や天疱瘡で無かったのは一安心ですが、院内では好中球と言う普通の白血球ばかりだったのでちょっと驚きです。

しかも好酸球性皮膚炎となると色んな可能性があったりして正直ややこしいです。若い大型犬の顔に特にできるものも有りますが、今回は年齢や犬種・症状からも違いそうです。ヒトではウェールズ症候群という過敏症や好酸球性膿疱性毛包炎という凄く痒いらしい指定難病もありますが、それも組織的には違いそうです。じゃあ何なのか?まず第一に考えないといけないのは病歴からも「単にアトピーから」です。でも感染の結果として特殊な好酸球性皮膚炎になった可能性も有りますし、ウイルスかも知れませんし、寄生虫も怪しいです。薬疹ではあらゆる組織所見を呈する可能性が有りますから除外できません、おまけに無菌性好酸球性膿疱と言う免疫性(免疫機能不全?)の怖い病気も有ったりして・・・要するに現状分かりません(苦笑)。

ですのでまずは徹底的に感染を制御します(これが鑑別の一つでもあります)。治る事を信じて約2週間・・・。


鼠径部、股です。色素沈着はありますが良くなりました!


胸です。良くなりました!まだ脱毛や色素沈着はありますが、発毛もしてきています。


腰です。改善はハッキリしています。

どうやら今回のこの改善をみると「アトピーがある子」が「加齢して甲状腺機能低下症になって」両方合わさった事で「脂漏症」になって「球菌感染も発生した」と思われます。甲状腺機能低下症は甲状腺のホルモンの補充をして、脂漏症は甲状腺機能低下症を治療しつつスキンケア(内部からも)をして、感染を制御した後は「病理結果に基づいてアトピーの治療を続ける」と言う選択肢をしっかりとお薦めする事ができました。皮膚生検で怖い病気を見つけるのも大切ですが、状況を把握してコントロールの指針とする事ができる事もある良い例になりました。


毛色も若返り、フケも殆どありません。


色素沈着は仕方ないですが、本当に良くなりましたね!

しっかりと皮膚生検まで含めて各種検査をして、全てにおいて治療をご協力頂けたご家族のお陰です。これからも持病の管理をしつつ良い状態を維持しましょう!