(ホルモン性の症例:6)甲状腺機能低下症なのですが、ここに入れるか悩んだ子

■ワンちゃん・ミニチュアダックス・オス・初診時16歳4か月

■既往歴:昔に悪くて歯を抜いた?昔に皮膚にカビが生えた??この子を連れて来て頂いたのは、一緒に暮らしていたお祖母さんが亡くなって、引き取ってくれたご家族でした。ですので、前情報がほとんどゼロでした。

■初診時
きっと色々な事情が有ったのでしょう、本当にボロボロになっています・・・。
皮膚ですら、いつから悪くなったのかは不明です。しかし10年前から時々出会っておられたそうですが、その頃から皮膚は悪く痒がっていたそうです。 食欲は旺盛だそうですが、多飲多尿で色々と病気も有りそうです。

皮膚は全体的に脱毛し肥厚、やや細かい米ぬか状のフケが多量にありました。痒みはVASスケールと言う10段階の指標で6とかなり痒い様子で、院内でも掻いています。両耳共に脂漏性外耳炎でした。さらに心雑音も白内障もあり、どうやら手足を動かすのも不自由・・・本当に大変そうです。
  

 
治療経過

まず、パッと見た目からは甲状腺機能低下症の鑑別が必要そうでした。何故ならば年齢や徐脈の他にも、鼻の上と尾が脱毛してツルツルになっているのが目立っていたからです。しかし本来なら内分泌疾患では基本的に痒くはならないはずです。そして独特のフケも気になります。 感染症の併発を考えないといけないでしょう。
同時に、外見からでも分かる様々な病気の存在そして高齢・・・これらは皮膚に無関係でしょうか?最近は動物でも「皮膚疾患は皮膚だけでなく内臓等の問題からも悪化する」から一歩進んで「特別な病気だけでなく、老化の影響は皮膚や被毛にも及ぶ」と考えるのが普通になってきています。当然の事を言っているみたいですが、昔だと犬猫が老化する前に亡くなる事も多くあって、人間みたいに「皮膚(毛)に老化が現れる」前に死んでしまう事も多かったのです。


それが、ペットの高齢化で如実に老化の影響が分かってきたという感じです。これは特に人間の女性の方だと美の為に老化に対して日々ケアをされている方も多く実感が大きいかも知れません。或いは身体が病気だと肌ツヤが良くないなどは、誰もが感じる事だと思います。もちろん病気だけでなく基本的な栄養状態そのものが適切だったか?も問診が必要そうです。

レントゲンでは変形性脊椎症や肝腫大・胆泥症・左副腎の腫大・脾臓の結節・前立腺の変化等々・・・これまた色々と発見されました。 検査は甲状腺だけでなく、全体に行いました。3種類の甲状腺ホルモン検査を総合判断しての「甲状腺機能低下症」を診断しました。

そして「肝数値が高い」「腎数値が高い」「貧血気味」「白血球数上昇・体の炎症の数値CRPの上昇」・・・やはり沢山見つかりました!幸い副腎皮質ホルモンは検査の結果、異常ありませんでした。 皮膚の検査からは多量のマラセチア(酵母状真菌)が見つかりました!

まずは「甲状腺機能低下症の治療」だけでなく「マラセチアを主眼としたスキンケア(特に耳をしっかりと治す!)」だけでもなく「各種病気のケア」「栄養状態の改善」「環境の改善」をしつつ「身体に負担の少ない皮膚の痒みへの対症療法(ステロイド・シクロスポリン・アポキル・サイトポイント・抗ヒスタミン薬・・・どれをどう使うか?)」をする、全ての提案とケア必要になります。この様な場合に、どれかのケアの提案ができなかったりケアそのものができなかったり・・・それにより「何だか治らないな~やっぱ高齢だし歳だし仕方ないかな?」となるかの分かれ道になるかと思います。

治療の成果に関しては「順調でも2~3か月の期間」が掛かる事と、何よりも「高齢の為に限度があるかも知れない現実」もお伝えする必要があります。更には寿命と基礎疾患の為に亡くなってしまうかも知れません・・・(一番最後に苦い思い出も書きます)。 さてここまで高齢で悪くても良くなるのでしょうか・・・?

10週後

  

 
胸の毛と尾はまだ毛が少ないですが全体に発毛して被毛も濃くなってきました。フケは殆ど無くなり、一見すると同じワンちゃんと思えない位になってくれました!痒みも有りません!

実は、この子は何回も肝臓の疾患が悪化して、かなり体調を崩しますし、痒み止めに対しての特異的な反応?で全身に炎症が発生したり、椎間板ヘルニアでマヒしたり・・・大変な事が次々と起こります。これから時間を掛けて更に発毛して若返ってくれるとは思いますが、発毛の為に更に甲状腺の投薬量を上げるか?等は全身の状態を最優先にして考えなければなりません。皮膚を治す事が一番になってしまうのは、場合によっては健康的では無いと思います。本当に大切にしてくれるご家族と一緒に常にこの子の身体を最優先に皮膚の治療をしたいと思っています。
そして苦い思い出ですが・・・この子の治療中に、同じ様な高齢の子が難治性皮膚治療で来院してくれていました。毛も増えて肌も健康になって、皮膚に関しては成果も出てきて症例報告もしたい子だな~と思っていたら、ある日に口からコーヒー色のモノを吐いて元気が無くなりました。来院時にお腹を触るとシコリが・・・これは変です。でもエコー検査をお勧めしつつも、次の数日後の診察予定日にしていたら翌日の急な悪化でお近くの病院で入院して、やはり胃の腫瘍か潰瘍かが発見されました。
ご家族の方は非常に熱心で優しく、信頼して来院して頂いたのですが、すぐに精査ができなくてお叱りを受けました。皮膚科認定医として皮膚の治療は大切にしていますが、常に全身状態を最優先に迅速な治療を考えなくてはならないな・・・と反省した次第です。
この事を受けて、この子も皮膚の治療を頑張りつつ、日常生活にも更に責任を持って日々迅速に対応してあげたいと改めて思いました。