(ホルモン性の症例:8)石灰化だけだったら良かったのですが

■ワンちゃん・パグ・オス・初診時8歳11か月

■既往歴: 子供の時から乾性角結膜炎や角膜損傷で手術をしていたり、膀胱炎になったり、歯が折れて処置をしたり・・・。皮膚は2年前から痒みが増えていたそうです。 今年の1月に重度の前庭疾患をして投薬をしてから酷い事になってしまいました。かかりつけの動物病院からは大きな二次病院の皮膚科を紹介されたそうですが、当院を調べて来て下さいました。

■初診時:両脇と下腹部を主病変に背中も含めて全身的に酷い状態です。皮膚の糜爛や潰瘍だけでなく、感染を疑わせる異臭と分泌物があり、可哀想に本人もフラフラです。食欲があるのは救いですが・・・。

先に言ってしまうと、この子は実はホルモンの症例④の子と同じ状態が基礎にあります。でも同じ状態でも「そうなってしまった病態は正反対」で「そうなってからの経過が全然異なる」状態になっています。
ホルモンの症例④の子は病気としての副腎皮質機能亢進症でした。その為に皮膚に典型的な皮膚石灰症が発生していました。

この子はパッと見ると到底同じ病気には見えないです。


胸部


下腹部


肛門部

もう2か月近く患っているのですが、ご家族が詳細に記録を持参されて、しかも検査結果もしっかりしているので病気としてはハッキリ目途がつきました。重度の前庭疾患に対して高用量のステロイドを連用し(その是非はその場面で診察していないので正当性は評価できませんが・・・)、更に皮膚が悪くなったので高頻度のステロイド外用薬を塗り過ぎていました。 持参されている検査結果が明らかに「医原性クッシング」でした(ACTH検査で判断できます)。

本当の意味での本人に発生した病気では無く、ステロイドを高用量で使い過ぎた事によるホルモン性の疾患です。ただ、この事はご家族の方にはちゃんとした説明が無かった感じでしたが先の病院様でも気がつかれていたご様子でステロイドを抜いています(ちょっと急ぎ過ぎて危険でしたが)。患部の感染も疑って抗菌薬を使い、しかも後半は細菌培養もしっかりと行われています。 一見すると完璧な手順、でも治らない・・・?そして本人も食欲はあるものの元気が無くなってきた・・・。

確かに二次病院に紹介しようかな?となる状態です。まず皮膚の状態としては感染が起きている事は皮膚の状態からは明らかだと思いました。「医原性クッシングからの石灰化+感染」「何かの腫瘍+感染」「何かの自己免疫性疾患+感染」・・・とりあえず万が一にも大きな方針が違っていたら困るので皮膚生検を提案させて頂きました。

そして経過(大量のステロイド投与・抗菌薬が効かない)や臭気・分泌物・その鏡検から・・・真菌の検査をして頂きました。

元気がイマイチな事はどうでしょう?食欲も1週間で低下してきました・・・。これはまず第一に大量に入っていたステロイドを急速に中止した結果はあるでしょう。ステロイドは良くも悪くも食欲を増進しますし、興奮もさせます。もしかしたら医原性に抑制が掛かったままで自分でステロイドホルモンを出せない状態かも知れません。そして酷い感染の影響があるでしょう。全身的に感染の影響が出ても不思議ではありません。大量のステロイドで肝臓が悪くなったり糖尿病になったり、それも考えなくてはいけません。もしかしたら皮膚自体が悪くなったのも根本に重病があるのかも知れません・・・要するに今回は最初から多くの項目の血液検査が必要だと言う事です。これもご快諾頂きました。

こうして書くのは容易い事ですが、一つ一つをご説明して納得して頂く事も高額の治療費を払って頂く事も本当にご家族には大変です。ですが、この最初の一歩を間違えると全然違う結果になるので全部させて頂きました。感謝しかありません。

さて皮膚ですが、皮膚病理検査の結果「医原性クッシングによる石灰化」でした。そして真菌培養で「カンジダ」の感染を認めました。

血液検査ではもう自分でステロイドホルモンを出せる事を確認しました。ただ、白血球数や炎症の数値の上昇も皮膚の感染レベルですし、甲状腺への影響も少なめでした。でも・・・著しい高カルシウム血症です!これは本当に想定外でした。 カルシウムを調整する上皮小体のホルモンや、腫瘍から出るその上皮小体に似たニセホルモンを調べる必要があります。

これらの検査は結果が出るのにタイムラグもありますので、迅速に実行できる事から行っていきます。ひとまず感染のコントロールでかなり良くなってきました!




下腹部

それでもまだまだ全然ですけど、ご家族の献身的なケアで着実に良くなってきています。・・・って写真だと思えないですね(苦笑)。でも分泌物や臭気の改善は良い感じです。

カンジダに対しての集中的な治療は1カ月弱で終わりました。抗真菌シャンプーもシャンプーの刺激の低下を優先して変更です。
しかしながら高カルシウムのコントロールが大変難しく、利尿剤やら再び少量のステロイドやら点滴やら・・・ご近所の動物病院にもご協力頂いて頑張るものの、この一か月位が大変でした。
でも血液検査の結果(腫瘍が出すニセの上皮小体ホルモンPTH-rp)やレントゲンやエコーからは高カルシウムは大変珍しいですが「医原性クッシング→皮膚の石灰化+感染⇒重度の肉芽腫性炎症(それも全身著しい)」による「高カルシウム血症」と判断しました。

で、あれば・・・皮膚さえ良くなれば治るはずです!それを信じて一緒に頑張りました。しかし順調でも皮膚石灰症が治るには長いと数か月掛かります。皮膚の中にある石灰部分から破れてしまったり炎症が次々と発生するからです。 肉芽腫性炎が原因の高カルシウム血症なら積極的に炎症が強い部分では局所の抗炎症療法をすべきだと判断して部分的ですが通常よりも積極的に行いました。

約45日経ちました。


下腹部


肛門部


皮膚が治るのに伴って高カルシウム血症もすっかり治りました!
そして更に一か月・・・。


右脇部


左脇部


肛門部


下腹部



かなり皮膚も完治しましたね。まだ少し石灰化部分も残っていますが、心配は無いでしょう。


あんなに大変だった来院時から1kgも太ってくれました(笑)。元々ちょっと痒かったりした子なので、ステロイドを使わないで痒みのコントロールはしていますが、もう日常生活を送ってくれています。本当に大変な時に家族一丸となって、この子の為に尽くしてくれたからこそです。

正直、皮膚の石灰化であんなに酷い感染になった事も、その後の肉芽腫性炎で死にそうな位の高カルシウム血症が続いた事も初めてで僕も色々と勉強させて頂きました。途中で治療を諦めないで続けて下さったお陰です。※更にこの子は暫くして凄い「皮膚骨化」をしました。石灰化の後に骨ができる事があるとは本で読んでいましたが、こんなに広範囲に・・・って感じでビックリしましたが、これは無治療です。その治療方針の決定には再度の皮膚生検が必須なのですが、それも迅速にして頂き早くに安心ができました。