(その他の症例:19)証明も治療も難しい感覚性障害

■ワンちゃん:初診時1歳9か月 オス


■病歴:若くて元気で特にありません。

■初診時:1カ月前からの首の痒みで来院されました。痒みの程度としてはVASと言う痒みの指標スケールで10段階の7~8との事で、かなり痒くて寝れないし日常生活でも遊びやご飯に優先して搔いてしまうレベルの酷い痒みです。実際に院内でも僕の事は全く無視して奇声を上げて無心になって搔きまくっています・・・。結果として首の皮膚(右側)は凄い事になっています。

かなり酷いですね。アップはこんな感じです。

この状態は原発疹と言うよりも「自傷➡感染」の続発疹を思わせますが、何しろグチャグチャです。 

最初の病院でも余りに酷いので、ちゃんと皮膚の基本の検査をされ寄生虫等を除外診断されています。余りに若い子の皮膚病では糸状菌や毛包虫(ニキビダニ)等の感染の除外をする事が大切です。ただし、検査で何も無かったので安心したのか予防としては旧来からあるフロントラインプラスを使用しており、この点は新しいイソオキサゾリン系の予防薬を使っておけば良いのにな~と思う点でした。そうやって最初の病院さんは感染症を除外し、何か即効性があるらしい痒み止めの注射(抗ヒスタミン?)、ステロイドやアポキルと言った痒み止めの内服、ステロイド外用、抗菌薬の内服と注射を投与されています。総力戦ですが・・・全然効きません。次の病院に転院されました。

次の先生は恐らく勉強をしっかりされているご様子で「これは何かおかしいかな?」と思って首のレントゲンをしっかりとされています。そして恐らく普通の薬が全く効かないので悩んで当院の「その他の症例14」にもある「ファントムイッチかしら?」と言う事かと思われますが、脳圧を下げるイソバイドまで処方開始されています。ただ、これに関しては診断が付いてから使わないと・・・と言うのが正直な感想です。でもそれ位に悩まれたのでしょう。

■当院での治療開始:上述しましたが、本当に痒そうです・・・でも奇声を上げていて、もしかしたら疼痛かな?とも思わせました。とにかくご家族の人がノイローゼになる位に制御不能に搔き続けています。これは頑張らないといけません。

まずアトピー・食事アレルギーは余りに若く部分的(右頸部のみ)で非常に考え辛いと思えました。過去の治療歴を振り返ってもステロイドやアポキル等の痒み止めに全く反応していません。外耳炎も特にありませんが、中耳内耳は見え無いので注意です。

行動学的な異常の診断は難しいですが、非常に急性発症かつ局所的で他の行動等が全く普通なので鑑別として残しつつも、その可能性は低いと判断しました。

改めて皮膚の基本の検査のやり直しです。球菌に感染していますので(恐らく二次感染)、これは治療が必要になります。アトピーと同じ様に元の病気が何であれ二次感染の治療は必須です。試験的な治療で毛包虫や疥癬ダニ・ミミダニ等を駆除も開始です(寄生虫は検査で絶対に分かる事では無いので)。➡した事➀:球菌感染の治療と試験的な駆虫!

首は当然改めてレントゲンを撮ります。咳をしていましたが頸部の気管虚脱は酷いです。これに関しては「気にしている」可能性がぬぐえません。ただ、他の気管虚脱の子で同じ反応をする子を見た事がありませんし、成書にもありません。ただし、これに関しては一般病院で分かる範囲は限られています。➡した事②:脳神経学的な精査を専門病院で行う事を強く勧める!

ただ、検査までに放置もできません。対症療法を開始します。➡した事③:神経障害性疼痛に効く薬を開始し反応を見る!

凄く熱心かつ悩まれていたので、すぐに近所のニューロベッツ様で精査を受けてくれました。結果として「脳・中耳内耳の異常無し」「ファントムイッチを起こす様な脊髄空洞症は無い」「頸部筋群の筋電図も異常が無い」事から「末梢性神経障害による感覚性障害」の疑いが強い、と診断されました。神経障害性疼痛の薬はニューロベッツで推奨された別の薬に変更して継続です。

末梢神経障害が感覚神経に起きるとヒトでは「しびれ」「感覚消失」「痛み」「ピリピリする」「過剰に反応してしまう」等が起きていると言われます、当然事情の分からないワンちゃんにすると「なんだコレ!?➡うぉ~掻くぞ!噛むぞ!」となります。

感染も収まってきて、原因も判明したしこれで治るな~余裕!めでたしめでたし!!…と思っていた時期が僕にもありました・・・。

ここからがまた大変でした。神経障害性の薬を増量してもダメ、抗炎症・鎮痛を追加しても変更してもダメ、ご家族さんも必死なので「どうなってんのや」と言われます(寝られないので当然です)。

感覚異常が最初としても「とにかく気にしてしまう」🔁「結果として傷ができて余計に気になる」の無限ループなので大変困りました。とにかく3歩進んで2歩下がるの感じです。通常の痒みサイクル以上に難敵なこのサイクルを完全に絶たねばなりません。

した事④:抗うつ剤開始、ごく少量のステロイド、酷い時にだけ鎮痛・鎮静のシロップ投与、傷の管理に軟膏でなく抗炎症効果のある粉の使用、徹底したカラーによる管理(こんな良いカラーも見つけてくれました。これ安くて良いです!)

服も色々と素材も工夫して防御あるのみです。

初診から約2カ月してやっとVAS8➡5ですが、病院でも奇声を上げて掻く事は無くなりました。

約3カ月・・・ついに皮膚は普通になり、一見治りました。これだけでも本当に大変でした。

ただし、まだ色んな薬を沢山飲んでいますし、基本的にお母さんが抱っこしていないとカラー等は必要です(それでも以前は無理だった散歩も普通に行けるようになりました)。

この後、2種類薬を減らして薬も最小限にできましたが落ち着くに従って1年弱で来院されなくなってしまいました。その後同じ薬をどこかで貰って安定しているのか、薬が要らなくなったのか・・・?

最終的に異常性を感じる程では無いですが頸部は気にしますし、咳が多いので本当に頸部の「皮膚よりも中の何か」に対して違和感や痛みが無いのか?はどこまでも気になる点です(呼吸器科や整形外科も診察を勧めてみましたが)。こういう時は「症状をしゃべってくれたらなぁ~」と思うのですが、自分の能力を磨かないとダメですね。