(腫瘍の症例:14)軟部組織肉腫でも特に珍しい猫の脂肪肉腫

猫ちゃん MIX 初診時12歳4か月 去勢オス

病歴: 結膜炎や軟便くらい


症状:まだコロナの時代でした。右手が腫れているかな?と一度ご予約が有ったのですが、ご家族の人が発熱してキャンセルしておられます。腫れは大きくなってそうだが連れて行けない・・・と、ちょっと前ですが、凄い時代でしたね。

翌月に来院されましたが、右手首内側に結構大きな直径3~4cmの卵型で表面が平滑、やや波動感(プヨプヨした感じ)、下部で固着して境界不明瞭にありました。

 ちょっと気になるので、相談して当日に超音波検査とレントゲンの上で細胞診断を早速行いました。

超音波検査では何と巨大な嚢胞でした!レントゲン上で骨には異常が無く、液は15㏄程抜けましたが、何の細胞成分も無い殆どサラサラの液でした。・・・ペッタンコになりました。関節液でもなさそうです。何だろう?こうなると一旦様子見か、となります。

その後も繰り返すので液を抜いて対応していましたが、その間に腎不全になったりで根本的には手術せずしのいでいました。でも中で液じゃない実質部分が増えてきたし、抜いても抜いても繰り返し段々と大きくなり、その内に表面から汁が出る様になってきたので臨床的に「困った存在」になり、腎不全ですので手術リスクはありますが手術をする事になりました。

事前の細胞診断では実質部分を含んで針生検をしても悪性細胞を示唆する診断は得られませんでした。良性?でも手先では十分なマージン(腫瘍周囲の切除余裕)を取れませんので、万が一悪性腫瘍の場合には取り切れない可能性をお伝えの上で手術です。でも可能な限り「手の機能を温存して」「腫瘍を大きく取る」事を頑張りました。

しかし・・・開けてみると筋肉側(下部)で腫瘍の本体らしき部分が不明瞭に広がっています。見た目は白く「普通の脂肪???」と言う感じですが、猫の手先でそんなに脂肪がある訳はありません。一部の筋肉は切除して直下の筋膜は切除しましたが、意外に血管と神経は剥離できたので、苦労しましたが形成手術の上で綺麗に縫い合わせました。

しかし、術後の腫れは予想以上で手先が落ちるかと本当にヒヤヒヤしました・・・マッサージしたり循環改善する薬を塗ったり、以前にも書いた人間の形成外科医の准教授に色んな手をお聞きしてご家族と頑張りました。以下の写真は何とか抜糸した所ですが、かなり引きましたが、まだ手先が腫れています。

 

でも最終的にはスッカリ綺麗になってくれました!

こうして頑張ったので手も普通に使えるのですが、手術後に組織による病理結果を見て驚愕しました。

「脂肪肉腫」でした。当然ながら取り切れている訳ではありません。

肉腫は、よく耳にされる上皮系由来の悪性腫瘍の癌とは異なる間葉系由来の悪性腫瘍です。間葉系の組織は色々とありますので細かく分類すると色んな種類があります。脂肪はその一つです。

脂肪肉腫は狭義の軟部組織肉腫(脂肪肉腫の他に、猫で多めの線維肉腫・粘液肉腫・血管周囲壁腫瘍・末梢神経鞘腫瘍・多形肉腫・悪性間葉腫/未分化肉腫)の一つになります。

軟部組織肉腫は犬では皮膚および皮下腫瘍の9~15%ですが、猫では7%の発生率と少なめです。そして脂肪肉腫は犬でも発生率は0.5%で、猫では「発生率も良く分からない」位に非常に珍しい腫瘍になります。僕も人生初でした。

非常に珍しいと言う事が何を示すかと言うと「今後どうしたら良いのか?」の判断の根拠になるデータが非常に少ない!と言う事になります。そうなると「脂肪肉腫」でなく「軟部組織肉腫」として色々と考えるしかありません。

軟部組織肉腫は細胞診断の正誤率が62.5%~97%で必ずしも最初から分からず、分かったとしてパンチ生検やニードルコア生検で多くの組織を採って検査をしてもグレード診断一致率が59%と厄介なのですが「周囲に浸潤性に広がり、遠隔転移は比較的少ない」事から事前に分かれば「周囲2~3cm、深部筋層1枚」と大きく切り取る事が大切です。それができない場合は四肢などの末端で発生した軟部組織肉腫は「断脚」がベストになります。

でも腫瘍ができたからと言っても即断で自分の子を「断脚」できるかと言うと・・・。確かに局所再発は多いのですが、組織切除マージンで生存期間に有意差が無かったり、不完全切除でも局所再発率が19~28%や33.3%の報告が有ったりします。ポジティブに考えると7割位は再発しない訳です。

そうなると今回は「なんだか変な腫瘍だな?」と思いつつも細胞診断からも良性と信じて(願って)手術がスタートしていますが、例え事前の細胞診断が「軟部組織肉腫疑い」でも最初から「細胞診断が間違っているかも知れないけど、断脚しときましょう!」とは僕は言えないです。「取り切れなくても遠隔転移や生存期間に影響が少ないし、再発しない事もあるから」と可能な限りは温存手術から入るでしょう。考え方は色々だと思いますが、万が一でも「念の為に断脚したけど、悪い腫瘍じゃ無かった!良かったね!」とは僕には言えませんので・・・。もちろん、この辺の話は骨肉腫とはまた違うのですけどね。

猫の脂肪肉腫の論文は全然無いのですが「遠隔転移が多い!」と書いている論文も一つあり、正直言って局所再発よりも怖いのですが、一旦は再発・転移しない事を信じるしかありません。ちなみに術後の放射線療法の希望はありませんでした(なかなか難しいのが現実です)。残念ですが綺麗な手に戻ったのですが・・・4カ月で局所再発しました。

こうなるともう断脚しかありません。

高齢で腎不全も心配だし、術前検査で反対の左手の肩に重度の関節炎が見つかってしまって歩行が困難になるかも知れませんし、猫の脂肪肉腫は早期に転移する!と言う話もありますので手術しても肺転移して早期に亡くなるかも知れません。

が、可哀想ですが、もう待っていても右手の運命は悲惨な予定しかありません。辛い決断ですが断脚をしました。

痛々しいですが、病理結果は腕の根元から切っているので完全に切除され、リンパ節や脈管の転移像も今は無さそうとの事でした。この子は本当に性格の良い子で重なる大手術でも病院も嫌いにならないでゴロゴロちゃんでした。順調に傷も回復です!

何とか遠隔転移して欲しくない!でも術後にどうしたら良いのか?も猫の脂肪肉腫に現在正解はありません。が、軟部組織肉腫としては「局所にあれば再手術か放射線」「化学療法(抗ガン剤)は有効性不明」と言う事になります。この子は免疫力をサポートすると言うサプリだけして、後は経過を追う事になりました。

月日が経って、コロナも終息して、断脚手術をして1年が経ちました。

再発も転移も無く、とっても元気にしてくれています!

当院のHPを見て、たまに遠く離れた日本の各所や海外からもオンラインで相談が入ります。もし「猫の脂肪肉腫」で検索しておられる方がいたら「すぐに遠隔転移して死ぬかも!とか変な事書いている論文もあるけど、長生きできている子もいるからね!」って伝えたくて、断脚後1年間(ヒトで言うと4年)の再発転移が無い事を確かめてHPに載せる事を決めていました。

載せる事ができて、本当に嬉しいです。ネコちゃんもご家族も本当に素晴らしいので、ご加護も有ったのだと思います!