(ホルモン性の症例:5)最初は腫瘍性も疑われたホルモン病からの難治性間擦疹
ワンちゃん・Wコーギー・去勢オス・初病診察時12歳3か月
病歴:約2年前に変性性脊髄症になってしまった子です。これはコーギーさんには多い、下半身から段々と長期間をかけて麻痺が進行して死んでしまう遺伝的要因のある不治の病です。半年前には左前腕に血管周皮腫ができて手術しています。こちらは再発の多い腫瘍ですが、他院さんでキレイに切除して下さっています。この時に左脇から皮膚炎が始まり(腫瘍が心配で生検もして下さり、混合性皮膚炎との事)、そこからステロイドや抗生剤やシクロスポリンやインタードッグやヘパリンローションやら各種の治療を内服・外用と施しても悪化して治らないで他の部分も悪化するので、熱心な担当医の先生からご紹介頂きました。実は来院直前に副腎皮質機能亢進症(クッシング病)の検査としてACTH検査をして異常値が出ていて、その治療は必要そうだと事前に分かってのご紹介でした(クッシング病の時にほぼ上昇するALPと言う数字が闘病中は余り高く無く、初期の生検も同病を疑う所見では無く、確かに最初からクッシング病は疑い難い感じでした)。
初病診察時: 直前までステロイドをしているとはいえ、痒みは殆どありませんので、経過からもアトピー等は考え難そうです。クッシング病の場合は易感染性による二次的な感染(菌も真菌も)・皮膚の石灰化による障害(ホルモン性の症例:4)・皮膚の菲薄化による障害・血管異常による出血などにより皮膚病変が引き起こされ、難治性になります。この子も主な理由がそれだけなら、ホルモン療法をすれば治ると思われますが・・・。
口周りの炎症と一部色素脱があります。背中は膿皮症があり、かなり酷いです。
一番酷いのは腹部側です。両脇と股が重度に脱毛・肥厚し、色素沈着を伴った重度の皮膚炎で真っ赤になっています。鱗屑が多く、毛包円柱(毛の根元のフケや脂等の塊)のがあり、面皰(毛穴の詰り)があります。
一番最初から悪い左脇
特にヒドい右股
ホルモンの検査結果が無ければ稟告からも「外用ステロイドの塗り過ぎ(アレルギーの症例:8)」が疑えるような皮膚です。塗り過ぎて局所を超えて全身に影響が出ると医原性クッシングになるのですが、それは直前でして頂いたACTH検査で除外されました。それにしても多飲多尿もそれほど無いらしく、体型的には痩せてもいて確かに余りクッシング病っぽくはないです。でも結果的には過剰にコルチゾールと言うホルモンが出ていますので、ストレスだろうと何だろうと抑えながら治療する方が皮膚病の治りは良さそうです。 僕が一番問題だと考えたのは「環境的・物理的な障害」「二次感染」の2つの問題です。恐らくはホルモンのコントロールをしてもこれらが適切にケアされないと治らないか非常に時間が掛かると思われました。
マヒして立てないので蒸れたり圧が掛かり続ける、尿で股が汚れてしまう、動く時には擦ってしまう・・・これらを完全に無くす事は不可能ですが、軽減は可能です。今は立った状態に近いポジションを保つクッションや吸水透湿の有能な布があります。また尿に関してはなるべくマナーベルトはしない方が良いのですが、するなら女性の生理用品などで活用できる物を使ったりします。拭くものは水でも良いのですが、最強に近い除菌消臭力がありながら、眼や口に入れられるレベルの商品を利用します。その他可能な限り家での状況を改善する方法を相談して、熱心なご家族に変えて頂きました。
二次感染はまずは実際にあるのか?の確認が大切です。スタンプで変性した白血球と球菌とマラセチアを観察して・・・と思ったら、感染と共に普段は見られない細胞が沢山出てきました。
これは細胞診です。
歳を取った子では皮膚型リンパ腫も心配です(腫瘍の症例:3や6)。ステロイド皮膚症やクッシング病の診断にもなりますので、難治性ですし早めの生検をお願いしました。 生検した結果は「真皮の浮腫とリンパ管拡張を伴う重度の慢性過形成好中球性および好酸性皮膚炎」で毛包内に角化物が貯留している(面皰)事以外は皮膚の肥厚もあり、全くクッシング病とは異なる所見が出てしまいました。毛周期の停止や毛包や脂腺の萎縮や石灰化はありませんでした。これは最初の生検でもそうなのですが、慢性経過をしている部位に対して生検をした事による結果です。これは異常が長く強い場所だけでなく、一見何もない部位の生検をしなくてはならないと反省した点です(たくさん切っちゃうのが可哀想で部位を少なくしちゃうのは悪い癖です・・・)。とりあえず大切なのは腫瘍の否定ですので、その目的は達成できました。
と、言う事で感染症の治療に全力投球です。
球菌に対しては適切なセンターで抗菌薬の感受性検査を行います。一番多いブドウ球菌のS.pseudintermediusかつ多剤耐性菌では有りませんでしたが、今の薬は無効でした。また使える薬も少なそうです。薬の選択や使用用量や期間も、皮膚病でのコツが色々とあるのです。さらに現在は極力内服だけに頼らないで(もしくは内服しないで)治す事が大切です。今回は余りに酷いので積極的に内服をしましたが、外用も積極的にして頂きました。シャンプーも外用薬も進化しており、変わった物を使わなくても既製品で正しく使えば十分に効果的です。
真菌(マラセチア)に対しては酷い時は内服をしますが、今回は非常に部分的なので外用薬を用います。色々な薬がありますが、近年は特に有効なモノが出ています! 元の病院の先生と連携しつつ、ご報告を頂いていて治療をします。クッシング病の治療はかなり攻めた方法もあるのですが、今回は本人の生活の質を最優先にして教科書的な用量よりは控えめにしました。1か月位でかなり良くなったとの事で、お会いするのが楽しみでしたが・・・40日後。
ほぼ治っています!もちろんまだまだ正常の皮膚では無いので、外用のケアは必要ですが、もうクッシング病の内服以外は要らないので、後は環境を整えて外用療法を最小限にしていきつつケアをしていこうとお伝えしました。愛情あふれるご家族と熱心な主治医さんと麻痺がありながらも楽しい日々を送ってくれたらと思います。
その後です。元の病気の進行に伴って再度悪化したりもありますが、その都度精査と、それに基づく熱心な治療をして頂き頑張ってコントロールをして頂いています。
最近は皮膚は益々綺麗になってくれています!
ですが、その後に急に悪化した時に「皮膚のケアもバッチリで副腎ホルモンのコントロール等も良好で安定していたのに、どうもおかしいな?」と思って、かかりつけの病院様で改めて甲状腺の検査をして頂いたら、何と更にその後に甲状腺機能低下状態にもなっていました! 良好な副腎ホルモンの数値からは副腎疾患からの影響とは思えない状態でした。しかし元の難病の影響は多少なりとも有るでしょう。更に投薬に関しては連用は無いので継続して影響はしないはずですが、気になる薬はあります。ただし必要性が有って投与し顕著な効果が有る事から、その薬は抜けません。
難しい状態ですが、この様な場合は本質的には治せないものの「足りないものは足してあげる」事でコントロールが可能になります。もちろん投薬を足した後は経過を観察する事がより大切になります。 この様に一度治っても悪化したら改めて検査をして、可能な治療を追加する事は大切だと改めて感じました。甲状腺の治療も追加して頂き、また無事にコントロールできています。