(腫瘍の症例:13)治療しても反応しなくなってきたなら…疑うべき病気

ワンちゃん フレンチブルドッグ 初診時 10歳10か月 避妊メス

病歴: 股関節の形成不全・たまに膀胱炎


症状: 2歳くらいから痒みが発生して治療がスタート。時々抗菌薬やステロイドを内服しては治っていた。去年から悪化して同様に抗菌薬とアポキル等でコントロールしていたが、すぐに再発して困っている。近隣の獣医様の紹介で御来院頂きました。

フレンチブルドッグさんと言えば「アトピー性皮膚炎」「食事アレルギー(食物有害反応)」と連想してしまう位に皮膚のトラブルが多い犬種です。2歳位から治療が開始されているので、少なくともアトピー性皮膚炎は有ったと思われます。治療は適切で、予防もしっかりして下さっていたので、なおさら直近1年位でコントロール不良になったのが気になります。

きちんと普通のケアをして貰っているのですが(基本的に自ら紹介して下さる動物病院の先生の治療は問題が無い先生が多いです)、抗菌薬を変えてみたりステロイドをアポキルにしたり色々と変えても悪化の一途です。痒みレベルは日常生活に大いに支障が出て睡眠もまともにできないので10段階で6~7程度との申告でした。これは「病気が何であれ減らしてあげる必要」があります。

目の周りはアトピーでも食事関係でも症状が出ますが、こんなに赤くなってただれているいるのは・・・変です。

もちろん涙やけ等でも感染が起きるとこれ位になる事はありますが、かなり酷いです。

脇にも同じ感じの病変がありますので、痛々しいですが脇のアップを・・・痛々しいです。脇もアトピーや脂漏症でも病変がよく出現する場所ですが、これは酷いです。単なる湿疹を超えています。周囲の赤さの色合いも何となく変です。

とりあえずは分泌物を調べます。多量の好中球と球菌がいます。感染は間違い無いので細菌培養に出します。最近は耐性菌の問題も人畜共通の課題として捉えられており、内服に関しては本人の状態と患部の深さや広さで慎重に検討し、以前の様に膿皮症でも簡単に抗菌薬の内服を出さないのですが、さすがにこのレベルは投与せざるを得ないでしょう。細菌培養も過去歴から即決です(もちろん最初にアンケートで必要最小限の検査と処置の希望を頂いているので、必要性をご説明して同意を得て行います)。

足先が赤いのもアトピーの主要な症状ですが、やっぱり色合いが違います。

何というか赤白い感じの独特な・・・それに部位が甲に及んでいます。こういう違和感が更なる検査を検討・決断させます。

体幹は・・・一見すると他の部分よりマシ??

と見えますね。でも「見るだけでなく触診が大切」です。フケは色んな疾患で出ますが、もう全然分厚さが違います。剥脱性皮膚炎には猫だと胸腺腫関連性があったり、アレでなくても多型紅斑が有ったりしますが、とにかく即日決断で生検対象です。

「すぐに皮膚生検をお勧めします」

もちろんご家族のご同意が有ってこそですので、単に治らないとか症状が強いとかでない「違和感」を説明しました。

検査当日は適切な場所を探していくのですが、その際に大きなフケの塊を剥がすと全身が異常な炎症に侵されているのがよく分かります。典型的な「剥脱性紅皮症」です。これが「びらん」「潰瘍」になって感染して悪化する流れになります。これだけ病変があっても「どこをどれだけ採取するのか?」には知識と経験が必要になります。特にこの病気では・・・。知識が無いと「びらん・潰瘍部」を生検したりする事になります。

ホッチキスみたいなのが付いているのは生検した場所で、左下の黒い部分は生検する為の局所麻酔の検討部分です。色々な生検のルールに従って「余りに酷くは無く、病気の初期から捉えられる部分」を探して複数個所を採取し、適切な病理医に写真と説明と共にお渡しします。

まず細菌培養は?MRSPと呼ばれる多剤耐性のブドウ球菌でした。元の病気が何であれ、これに対して適切な抗菌薬を使用しないと症状は改善しません。治らない病気で有れば、逆に一番有効で必要な治療になる事もあります。これに対して適切に内服と外用をします。耐性菌でなくても有効な薬があっても内服だけに頼っては良く無いのですが、耐性菌で有れば尚更です!

さて生検結果は・・・?残念ながら上皮向性リンパ腫でした。上皮向性リンパ腫は全ての犬の皮膚腫瘍の1%しか無いので、少ない腫瘍には入ります。特に「今まで皮膚が健全だった高齢犬のフケの多い痒み」では頭に置かないと見逃すと思って診察しています。ですが「アトピーの子は正常犬より12倍なり易いと言われます」ので、後半に同じアトピー治療で治らなくなってきたら「怪しい??」と疑っても良いと思います(感染はもちろん除外)。この辺、難しい所ですね。

基本的に不規則に存在する小さいツブツブが腫瘍のリンパ球の細胞だと思って下さい。特にアポクリン腺に集簇していると診断的だそうです。今回は相当典型的だと言えます。

ヒトと違って基本的にはCD8陽性細胞障害性T細胞性で悪性腫瘍であり、発見からの生存中央は昔は3カ月と言われましたが基本6か月位です。ステロイドだけをしても75%で緩和はしても余命は伸びません。色んな抗がん剤(多剤併用やロムスチン・Lアスパラギナーゼ等)や色んな治療方法(レチノイド・アポキル・ナローバンドUVB等)が試されていますが根本的に改善する方法はありません。

奏効率が高めなのは70~80%のロムスチンですが、それでも完全寛解率は3割位で生存中央は3か月程度ですし、多剤併用でも奏効率は80%程度です。そして半年生きるかどうか・・・。お伝えしなくてはならないのですが、話だけ聞くとご家族には気が滅入ってしまう情報ばかりです。

しかし発見に至るまでにはある程度の経過が有り、恐らくは年単位で進行しています(気が付かなかったり病院に来ないだけで)。

そして10%位は3年以上生きます(これは腫瘍のタイプ?小細胞性?)。何より大切なのは本人の痒みが緩和されて見た目的にも穏やかに暮らせる事です。それは色んな手段で達成できます。

 

適切な抗菌薬の使用と外用療法、そして症状の緩和を第一に抗腫瘍効果も願って(否定的な論文もありますが)高用量のアポキルを投与して、身体の赤さは随分と緩和され、分泌物も無くなり、本人の痒みレベルも10段階で6~7から1へと激減しました!

一旦これで元の病院にお帰り頂きました。ご家族の方々には長生きする上皮向性リンパ腫の子もいるよ!と励まして・・・。